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http://koba55.blog50.fc2.com/blog-category-6.html (↑ポンフーに関するプログです) もう20年が経過した。 20年前は僕は台湾の台北にいた。。 何故かといえば、東京のデザイナーズブランドのアパレルに就職して、台湾駐在を命ぜられたから。。 これは、かつて学生時代からの僕の要望「海外駐在」の願いがある意味、アジアであるものの、叶ッた次第。。 学生時代はパリでの高田賢三さんに弟子入りしたく、パリまで訪れ、2度もチャレンジしたが断念。。 今考えると2度では少なすぎた。。 渡航時には、デザイン画をKENZOさんに見てもらい、またスタジオVの入江さんにもお会いできて、STAFFの実力の程を見せ付けられ、フランス語はじめ、ある程度経験を東京で積んでからと、考えの方向転換をした。 そんな折、就職担当部長から、ぜひと、東京のデザイナーズブランドグループを紹介され無試験で合格。。 条件はアジア駐在で仕事が出来る事。。 台湾や香港は、当時極少数の留学生がいて、僕は台湾や香港、シンガポールの友人ももッていて、これが縁とばかり一つ返事でOK。 100億を売り上げるアパレルグループの会長直属の選任として、先輩社員の冷たい視線を背に、赴任した折の、僕の社会人デビュー時代のお話。。 社長の急死によりこの企業には1年しか在籍できなかッたものの、以後は台湾の大手、うなぎのぼりで急成長した業務提携先(ATT有限公司:今でもあるのかな?)と個人的に契約オファーなどあッて3年も台湾に住んだ。。 ちょくちょく、休みや出張もあッたので、台湾のあちこちを汽車や飛行機で旅をした。 中でもポンフー島は忘れられない思い出となる。。 日本も台湾も世の中は超バブル時代で、台湾も経済成長激しく、当時でも物価は日本の約2分の1.。 でも、田舎ではまだまだのんびりとした台湾があって、まずはと、北京語を覚えた。 幸い、台湾大学の日本語学科にも在籍させてもらい、約半年、北京語をならいつつ仕事していたわけで、恵まれた環境でもあッた。 ある日、「ポンフーに行ッてみるといい!きれいな海があるよ!」と、台湾の友人に言われ、飛行機に(小型プロペラ機)に迷わず乗ッた。 約40分ぐらいだッたろうか。。 マーコン着。。(馬公と書く) マーコンは、台湾が日本統治時代、旧海軍の軍港のあッた場所と、祖父からも聞いており、1人3泊4日の旅を計画。。 空港から、まだ2件しかないオンボロホテルに着き、あちこち、歩き回るが市場と海しかない島と感想。。 翌日、ビーチに出た。。 そこにはすばらしい自然の海があッて、日本から持参したダイビングセットでスクーバなども楽しんだ。。 おかげで、これ以上黒く日焼けしたのは後にも先にもこれが始めて。。 写真のようにまッ黒。。 この島は、もともと海抜が低く、”台風の島”とも言われていて、高い木もなく、住人も少なく、また、緊張する中国との最前線の島でもあり兵隊が多く、山道を歩いて写真など撮影していると兵隊さんににらまれたりも。。 そんな時代のポンフー。。 1人旅がしたかッた。。 でも、海と魚市場、軍隊の基地以外何もない島に少々退屈してしまい、また台北の都会がすぐ恋しくなッたりと、台北の恋人に何度も電話したり。。 当時、僕はいつもウオークマンを持ッて歩いていたので、出かける前にアパート前いた、カセッ屋で1本、スーレイの英語版を1本無造作に選び旅に出た。。 このカセットとポンフーがが忘れられない思い出となり、また、数年後から苦い思い出ともなったり。 そこで、4〜5の島を橋づたいに渡れるののだが、白砂島?だッたか、小さいボートで渡り、誰もいない引き潮の海に立ッた時、、「何て、、自分は小さいんだ。。そして、ふと、ここでもし、僕がいなくなッたら誰も気づかないだろうあか?」とも、トンでもないことが頭に浮かぶ。。 で、、それなりに、1人、ポンフーの開発されていない海で3日を過ごした訳で、思い出は深い。。 なぜなら、何も目的もなく出かけた最初の1人旅だッたので。。。 滞在中は、台北で友人から紹介してもらッた、駐在の海軍軍人の方に、哨戒艇?の小型ボートを乗せてもらッたり、食事をしたり、。。。 と、、、 インドネシアをかけ離れた、台湾時代の昔話になッてしまッたが、、上のアドを偶然見つけ、あ〜懐かしい、、何度も夢に出てきたぜひとも再訪したい島。、、ポンフー島。。 また、祖父が海軍時代駐屯していた島。。。 20年前を振り返ると、あの当時の夢や希望、、生活観、、旅行観、すべてが変わりつつある今も、何も変わらないものがあるとしたら、きっと、、変わりたくないと願う心かもしれない。。 づっと変わらない物てあるのかな?と思いつつ。。 変わらずににはいられない物、、。 忘れかけていた、熱い情熱と希望に満ちた日々かもと。。朝から考えてしまう。。 僕のナルチズムとロマンチズムに浸ッてしまう、、悪い癖だ。。 今は、毎日同じような繰り返しでも、「変わらない純粋な心を忘れずにいたいな」」と、ふと、記憶から忘れかけた20年前の美しい思い出を、上紹介のブログで感じ、自分の日記としてこのブログに書き留めておいた次第。。 20年前ですが、初顔出しのソーレ。。。。。 お会いした事がある方、、どうでしょうか、、今も面影があるかな?? 当時に比べ、8Kgぐらい太りました。。 でも、まだ167cmの63kgを維持しています。。何とか。。ね。。 自分では変わらない面構えも、人から見たら今はおじさん顔の域になるだろう。。 ポンフーで聞いていたカセットの中の忘れられない1曲。。。 この曲がポンフーのビーチと夕日がよく似合ッていた。。 どうしてもこの曲が聞きたくて、僕がYou tubeの掲示版に、どなたかにリクエストしたら、アメリカ在住と思われるの台湾の方がUpしてくれた曲。。 この曲のカセットは、台湾から帰国後紛失してしまい、、このカセットを追いかけて台湾で探し回る夢に悩まされ、 胸が痛い日々を10年以上も過ごした。。 メールが届き、やッとこの曲に出くわした時、、何故か涙が出た。。 現在でも、スーレイは台湾で活躍していて、80年代(まだCDが復旧する前)は、英語のカバー曲などを歌ってもいた。。 今でも心が痛む。。。。 20years ago.... 当時は情熱と夢の塊であった。。 写真の女性は専属のモデルで台湾でも3年同棲していた某有名ホテルのご令嬢で、、、当時の恋人。。 日本に帰国後も、同棲生活が続き、そろそろ結婚を考え始めた頃、バブルがはじけて、僕は破産寸前まで追い込まれた。。。 後遺症から、立ち直るのに、10数年もかかった。。。 がむしゃらに働き、生活が比較的楽になったころ、またしても、自分で開業したBarで、商売に終われすぎ、商売とはいえ、、自業自得の酒にもおぼれ?つつ、、、体調をもくずす。。そして生活も破滅寸前になりそうになッた。。。 前妻とも協議離婚して、そして、、最愛なる母の病死。。。 立ち直りのきっかけは、ワイフとの再会とインドネシアとの出会いであった。。 もうかれこれ8年が経過した。。 今は、そんな台湾時代と30代を懐かしく、すばらしい時代だッたと考えれるようになり、ぜひ共、再訪をしたいと願ッている。。 香港の老歌。。上海灘。。。 誰の持ち歌かはしらないが、「この曲が好きだ!」と、絶唱し、悦に入ッているおばさん歌手。。 この歌手は僕は知らない人だが、なかな上手に歌い上げている。。 台湾でも、当時、人気があッて、よく苦しい時やナバスな時に、この歌で僕は助けられた。。 途中の詞で、「成功、失敗」この意味は深い。 この曲は、80年代後半の香港映画の「男たちの挽歌」で、人気が出た「チューユンファ」のTVドラマの主題曲で、今はハリウッドスターまで上り詰めた、ユンファの出世作のTVドラマ。。 ちょッと今日は上で紹介したブログを朝から見てしまい、、懐かしい思い出に浸りましたが、、 次回はインドネシアの話題に記事を戻しますね。。。 何はともあれ、人生は転んでも起きても1回きりですから、。。。 正々堂々と毎日を生きていたいものです。 長文読んでくださりありがとうございました・・・・・。。(^^)/ PS:ここに登場する彼女のファッションは当時の僕のデザイン。。 台湾の芸能人が主なお客さんで、有名歌手のファンインレイとか、ファンインインなどが着てくれた。。 僕のジョッパーズ風のウールやスウェットのパンツも。。 あ〜〜〜懐かしいな>>>>。。。。過去の栄光だ。。。 ![]() 当時は、世界中の女性を僕のファションで魅了したいと、大それた事を考えていた。。。 今は少しずつ、アパレルも手がけ始めている僕です。。。 ↓ ブログランキングに参加しています。。お役に立てましたらぜひ一票を。。明日への励みになります。。 口コミランキングへもぜひ投票おねがいします。。お値打ちインドネシアツアーなど! インドネシア旅行(パッケージツアー) |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
おぉ・・・。面影がありますね。 |
ぶあ 2008/12/02 16:38 |
大変うれしいお言葉、、ありがたく頂戴いたしまして、うれしいです。僕も中年になりました。肌のつやが、ッ、、無くなりかけています。そうタバコでビタミン不足です。。酒は飲まなくても平気けど、タバコはやめられない。。でも、いつまでも若い気持ちでいたいと思います。でも、やはり20代、30代のかたがたとは、ギャップを感じていますし、無理せず自然でいたいですね。今度、もし、出張でわが都市に来られたらぜひインドネシアパブ(アルバイトばかりの)行きましょうね!! |
そーれ 2008/12/02 18:59 |
そーれさん今晩は、はじめまして |
koba55 2008/12/04 22:29 |
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