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zoom RSS ソーレ新年早々怒る!”興行タレント”と”じゃぱゆき” と ”女衒” そして、興行規制05年〜09年

<<   作成日時 : 2009/01/03 22:26   >>

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新年早々、不愉快なコメントやメールが入り、興行タレントとジャパユキとも区別ができない方に対して、新たに更新しつつ記事を書くのも面倒なので、ネット辞典より抜粋の記事を参照しつつ更新記事としrて記載しました。

以前にも興行タレント、女衒やジャパユキの定義については記事にしたのですがね。。


1、じゃぱゆきの語源


戦前、九州島嶼部などの経済力に乏しい沿岸地方の女性が、経済的に繁栄する東南アジアの港湾都市などに多数出稼ぎ渡航し、娼館で娼婦として働くなどして郷里に送金するという状況があり、「からゆきさん」と呼ばれた。こうした状況は戦後になって人々の記憶から遠のいていたが、山崎朋子のノンフィクション文学『サンダカン八番娼館- 底辺女性史序章』や、その映画化作品である1974年公開の映画『サンダカン八番娼館 望郷』(東宝、原作山崎朋子)の中で、まずしい田舎の女性がボルネオの娼館で働く「からゆきさん」が描写され再びよく知られるようになった。この日本から外国へという「からゆきさん」との対比で、外国から日本への出稼ぎ女性ということで「ジャパゆきさん」という言葉が生まれた。


背景

なぜこうした人たちが増えたのかについては、日本の経済が伸び、経済格差が大きくなったことがあげられる。 日本で半年も働けば国へ帰って家が建てられる。こうした話が広がり、来日にあこがれを持つ女性が増えた事。

日本の水商売にエンターティナーのタレントとして女性達を連れて来るプロモータービジネスが、利益の高い商売であったことが合致し、当初はフィリピン女性、後に東南アジア各国の女性をタレントとして来日させるようになった。


社会問題

当時はまだ外国人女性がめずらしいこともあり、とまどいと好奇程度であったが、80年代前後から急激に増えた事で多くの問題が出てきた。 風俗への流出、不法滞在、売春強要、タコ部屋労働、給与不支払い、暴力団介在などで悲惨な状況に追い込まれた女性も多くある。 こうした被害女性は不法滞在が多く被害を警察に訴えられないため、潜在的には相当の数に昇ったと見られ、こうした人たちの人権を守るため1980年〜2000年にかけ多くのボランティア団体が人権保護のため活躍した。


2000年以降は
数が非常に増え、すでにめずらしい存在でなくなったこと、雇用する側もされる側も人権問題や利害の一致や法体制の変化もあり、以前ほど顕著に被害者になるケースは減り、「ジャパゆきさん」という言葉も死語になっている。

問題が無くなったわけではなく、不法滞在、差別、法的整備の問題はまだまだあり、在日外国人と日本人の生活習慣の整合、隣人としていかにうまくつきあうか相互の努力を必要とする。


こうゆう背景が過去少なからずあッたからこそ、業界そのももを改善しつつ、興行ビジネスそのものを抜本的に見直している時期にアメリカの圧力からの余波にて入管規制が入ッたのである。



2、女衒:ゼゲン

由来

日本では古くは女見といったことがあるらしく、「七七四草」には「女見の女を衒るところより、女衒と書き、音読み転訛してゼゲンと呼ばれるに至れるならん」とあり、女見は文字通り娼婦としての商品価値を見極める意で、その見極めが巧みなものをこう呼んだのである。

行い

江戸時代の女衒は、身売りの仲介業として生計を立てていた。具体的には地方の女衒が貧しい家の親や兄や叔父などから、10代前半の若い女性を始めとして買い、都会の女衒に売り、都会の女衒はその女性を遊郭などに売った。また彼らは身売りの仲介だけではなく、人さらい・誘拐などで女性を集めたという事実もある。

側面

女衒の行いは、先祖末代まで穢多・非人とされた女性にとっては、唯一の差別を抹消できる方法でもあった。女衒を回りに回れば、いつしか出自がわからなくなる。そして遊郭に売られ無事に出てくることが出来れば、町人になることが出来た。
略取誘拐、すなわちかどわかしをして不義の利得をえるものがいたという。「うつくしいむすめをもつ貧者がいると、ささいな恩恵をほどこし身売りをそそのかしたり、親切ごかしに金を貸し高利をくわえて一時に返金するよう迫って娘を売ることを余儀なくさせたりして、いったん娘をてにいれれば、女衒の自由に、川竹の流れの身にしずめ、はしたがねで親のくちをつぐませ、あるいはおとこのおとりをつかってむすめをきずものにし、おとこのためにみをうらせるなどさまざまであった」という一文も残っている。

職能・職域、職能

風来山人の細見「嗚呼御江戸」の跋にあるように、目鼻から爪の先、指のそりよう、あゆみぶりまで注意して、そののち価格がさだまるから、女性をみる術に秘伝があるとされた。具体的には「鑑定の秘伝、極意」とも呼ばれ、鑑定の評価として極上、上玉、並玉、下玉という格付けがあった。

職域

雇人口入と身元保証営業の公認者、またはおおやけの周旋業者で主として芸娼妓紹介人といってあっせんするものをいい、荷出し、玉出し、手引きなどという下働きをきもいりといって区別した。一般にはもぐりの周旋業者、紹介人などをもふくめて女衒といい、一般からはいみきらわれもしたが、芸者屋、貸座敷業には必要欠くべからざるものであった。

歴史 江戸時代

江戸時代もなかごろまでは遊郭にたいするとりしまりが緩慢で、悪徳女衒の検束はあまりおこなわれなかったらしい。

老中松平定信のとき、江戸幕府はこれを遺憾とし、寛政7年吉原規定証文の作成励行のまえ、寛政4年5月女衒禁止令ともいうべき法文を発布し、これをもって女衒をたんに遊女奉公の口入れにとどめ、証書の加印を廃止し、廓内に居住させ名主がこれを監督するという条件で許可を得て存続させ、そのいっぽうで加印のある証書は遊女の親族にあらため、女衒の慣習上の権利を剥奪したらしい。

しかしこのような取締令もいちじしのぎにすぎず、すでに廓内外に根をはっていた女衒は、法の網をかいくぐって悪事をつくし、天保年間には新吉原かんけいの女衒だけでも、廓外の浅草田町、山谷ふきんに14、5軒の女衒が家をかまえ、そのなかでも山谷の近江屋三八なるものは10余人の子分をつかって各地方の玉出しと結託し、婦女を誘拐し、みずから各地を奔走し、身売りさせた遊女は数百人にのぼったという。

江戸城下の女衒は、現在の東京都の台東区と荒川区をまたにかける山谷地区に多く点在していた。


明治時代から現在

明治時代に人身売買禁止法が制定され女衒は消えたかというと、それは表向きの話で実際はそのようなことはなかった。貧しい家では女衒により売買が続行され、娼婦として売り飛ばされていった。(からゆきさん参照。)

大正、昭和の日本では内地(本土)の女性以外にも日本領朝鮮や台湾から女性を連れだし、女衒の仲介を経て慰安婦にされたり、遊郭に売られたりした。(これに関しては、強制であったのか、あるいは高額の金を条件に本人や親の承諾があったのかは定かになっていない。朝鮮人が朝鮮民族の女性を拉致し、売り飛ばしたとの証言も存在する。

このような行為は戦後まで続くが、戦後には政府が公娼制度を廃止すると、それと同時に女衒も自然消滅した、とされているが特定のイベントや性風俗映像、写真や酒席で女性が必要な時やホステス(外国人を含む)が在籍する風営法による料理店などでは、名目だけの芸能事務所(プロダクション)からその人材の斡旋をうけている。これらも違法性が伴うことや人身売買や売春といった側面をもつことから現在の女衒と揶揄される。

日本とフィリピンの2国間による取り決めにより、最高で10万人の芸能ビザ発給枠(日本に滞在する外国人において周辺国の上位を占めた韓国、中国、台湾、タイなどには無いビザ発給制度)が設けられていたが、出稼ぎ大国ともいわれるフィリピンの女性が世界各地で人身売買(女衒)の被害を受け、日本においても十数年間に数例の摘発があり、アメリカを中心とした国際世論により、日本においてこのビザ発給枠は8千人まで縮小された。

(ウィぺディカより)

 そして、2008年においては、超有名人の短期興行やサーカス、スポーッ選手などなどは別とした興行(ナイトクラブなどへの興行)としての入国は1000人有るかどうかとなる。

 ちなみに”じゃぱゆき”と言う言葉で僕は外国人タレントを呼称したことはもちろんなく、扱ったこともない。

 ただこのような旧態以前の業界は、世間一般からしれみれば、出稼ぎのナイトショークラブでの興行芸能タレントはそのように偏見で見られているのも感じるが。

 上に述べたような過去数度の入管規制の経緯をたどり、入管規制が05年あたりから本格的になり現在にいたる。

 PS : 何度も、タレントの入国規制について記事にしてきましたが、今だ、どうして、ジャパユキ=売春外国人女性、興行タレント=ジャパユキと決め付ける方々?から、ご質問をいただくので、上の記事を一読していただければご理解いただけるかと思う。  

僕から言わせれば、街にポルノ看板やポルノ雑誌、AVビデオが極普通にあふれ、アジア一性風俗業界が黙認されている日本で、純粋に、有名ではないにしろ、自国でも2流3流ではあるものの、ダンサーや歌手として現地で生活の糧として芸能生活をし、来日した、芸能人(芸能で食べている人間をさす)を、締め付けた行政は、それこそ理不尽の何物でもないと今も昔も感じてきたが、後進国からの外国人=悪い人種、、と決め付ける日本人は、世界を知らなさすぎると、僕は思う。。

多分に、こうゆう事を平気で言える人と言うのは、根拠のない経済的優越感からか、勘違いのボタンの掛け違えた日本人というべきかも知れません。。

確かに、日本は”まだ”円も強いし、経済力はあると思うけど、日本の一般人より、世界には、トンでもない金持ちがいる。。

だから、インドネシア世界を見たこともない人に、あーだこうだと、日本人の優越性など持論をぶつけられてもまともに返答するのも、時間の無駄と思う。。。

少なくとも、人権人権と騒いでいる日本でさえ、末端の僕らにはピンと来ないし、それは社会を見ればわかるでしょうが、ここでは政治の問題は話が長くなるので取り上げたくない。。

と、今日は、正月早々、憤慨して考え込んでしまい、、どちらかと言えば、インドネシアタレントやワイフに対して、ジャパユキと言われりゃ、ジャワ男会もだまッていませんぜ〜。。

で、最後に、興行ビジネスは上↑のウィぺディカの説明のように決して極端に利益率が大きい商売でもなく、本当に地味な商売。。過去、興行とは関係なく、人身売買の組織やブローカーや闇の組織などもあッたと聞くし、少なからずに悪徳業者もいたのも事実なので、、、

だから、根本的に興行タレントが現在招聘できてる出演店は、今、おおまじめに商売していますし、根本的にイミ婚や養子縁組で来日した外国人ホステス、留学を表向きにして、ナイトクラブで働いている外国人のお店とは根本的に違うのです。。。。

そんな、街にあふれるマッサージ、性風俗業界しかり、企業、行政、政治家も宗教家も人間なんてものは、たたけば埃なんて多かれ少なかれ、ざくざくだてくるのじゃないですかね。

僕だッてきッとすくなからず出てくるだろし。。

過去の生きてきた出来事に対して、、気がついてないだけかも知れませんね。。

なにはともあれ、2009年。。。

皆さん、、今以上に、、厳しい社会になりそうですが、幸せになりましょうね。。

幸せになるにもそれなりに努力や忍耐も必要でしょうが、、、、

案外、幸せな時というのは、自分でも気がついてない時で、実感できないのでしょうね。。




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コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
ソーレさん
あけましておめでとうございます。
本日早朝マレーシアエアラインにてインドネシアから帰国後早速仕事をし、先ほどやっと留守の間の方がつき、拝読させて頂きました。新年早々嫌なメールとは。。。
そのような輩は無視してソーレさんには頂きたい!!本当にソーレさんのブログを楽しみにしている者がいます。いみじくも、ワイフのお父さんに日本人にはまともな日本人と、ギラな日本人(アホな考えを持った日本人)がいて私は恥ずかしい。。。と、帰国直前に話をしてきたばかりです。。。この記事を読んで時間、場所が全く違っていてもそのようなことが起こり不思議な気持ちでした。
本年も宜しくお願いします!

ぶわや
2009/01/04 02:39
おかえりなさいませ!!そしておめでとうございます。ブログに性格なのか、興行タレントそのものが中傷されることもあッて、いつもはシカトしていましたものですが。少々気になりましてジャパユキと言う言葉を記事にしました。ところで、インドネシアはいかがでしたか?そして物価はどうでしたか?僕は経済やルピアレートが気になるところで、ジャカルタ新聞などでも労働者が大量に解雇されているとか、インドネシアの友人との会話でもますます厳しくなりそうとの声が聞こえてきました。何はともあれ、今年もガンバッテ更新続けますので、こちらこそよろしくおねがいします(^^)
sole
2009/01/04 08:33
特に「じゃぱゆきさん」って言う世代って買春ツアーでフィリピン、タイ、韓国あたりに出かけていった世代が多いんだよね。
そして自分達がその国の買春できる場所まで行って買っていたのに、日本に来る連中は身体売る奴ばかりだと思っているのか...偏見なのか...。馬鹿なのか...。

まあ、そういう輩がインドネシアや諸外国に行っても春売り尾根遺産を求めてそういう場所に行く。そしてそのちょっと得た情報・体験だけで○○国の女はすぐにHできるとか勘違いするんだよね。
suratmiyuki
2009/01/04 11:19
私もいろんな方々からコメントが入ります。

自分のブログに自信を持ち書き込むことが重要だと認識しています。そしていろんな意見がある、いろんな考えの人がいることをブログを公開しているからこそいろんな人が見えて来ます。昔、恩師の言葉です。トロ箱に同じ魚だけではなく雑魚と一緒に入れて置くと魚が腐りにくい。
何か通じるものがあるような気がします。
ibu
ibu
2009/01/04 12:37
ソーレさん
ルピアに関しましては、10000円両替で、12/30でホテル110万rp,そのあたりの両替所が2件とも113万rp(前日までは115万rpだったそうですが・・・真偽は???)
驚いたのが帰りの空港で117万rpで一番いいレートだったことです・・・(変動したとは考えにくかったのですが・・・)労働者は私の友人の会社で(日系)大量のリストラが控えているそうです。物価は以前より落ち着いていた感じでしたが、ワイフのおねいさんはミルクが高い!!と何度もぼやいていました。じゃあプレゼントするよと、一緒に買いに行くと名前・連絡先を聞かれました。やはりメラミン混入事件の影響でしょうか。。。
年末年始ということもありスーパーなどはごった返してました!日本に帰り何故か静かに感じ、友人・取引先の年始メールには「厳しい」が目立ち帰国早々気合を入れ直された感じです。
長文になり失礼いたしました。改めまして本年もよろしくお願い致します。
ぶわや
2009/01/04 12:39
未だにそんな風に思っている方がいるのは知っていたが『ジャパユキ』という言葉を作った世代の腐の遺産ですな。

このイメージを僕らの世代で全て払拭してやろうと思っているが、そらちゃんや奥様方を『ジャパユキさん』というならやはりジャワ男会はだまっちゃいない。

ぶあ
2009/01/04 15:28
おめでとうございます
あまり流れがよめてませんが
興行でこられる方はタレントさん
なり歌手を目指しておられるわけ
ですから 違いますよね
meseyan
2009/01/05 14:54
話の流れから外れることをお許し下さい。
その九州の島嶼部は、私の故郷。祖父母、父母達の時代に、金銭と引替えに海外娼婦として売られた女達がカラユキです。村岡伊平次という女衒が何をよく言いどんな考えでいたのか、の評伝本もあります。
小さい頃、我が家に漁師のジイ様の後釜のおばぁちゃんが家の雑用の手伝いに来ていました。眼がほとんど見えず、時折、目医者さんに通っていました。梅毒で眼がやられていたのです。でも、生きて故郷の近くに帰ってくる事ができたのです。
「ありゃぁ、からゆき、たいっ!」怒気を含んでいる様な九州の田舎訛りはご存じでしょう。父が吐き捨てるように、子供の私に一言説明してくれたのが、故郷が、抜けられない貧しい地域であることを知った初めての出来事でした。その怒気が故郷の売られていった女達に向けられているものではなく、どうしようもない状態に向けられたものであった・・と、父の歳以上になった私には確信できます。
ジャワ男会の皆様、負けないでください。とりとめもなく、失礼しました。
群青
2009/01/06 20:46
話の流れから外れることをお許し下さい。
その九州の島嶼部は、私の故郷。祖父母、父母達の時代に、金銭と引替えに海外娼婦として売られた女達がカラユキです。村岡伊平次という女衒が何をよく言いどんな考えでいたのか、の評伝本もあります。
小さい頃、我が家に漁師のジイ様の後釜のおばぁちゃんが家の雑用の手伝いに来ていました。眼がほとんど見えず、時折、目医者さんに通っていました。梅毒で眼がやられていたのです。でも、生きて故郷の近くに帰ってくる事ができたのです。
「ありゃぁ、からゆき、たいっ!」怒気を含んでいる様な九州の田舎訛りはご存じでしょう。父が吐き捨てるように、子供の私に一言説明してくれたのが、故郷が、抜けられない貧しい地域であることを知った初めての出来事でした。その怒気が故郷の売られていった女達に向けられているものではなく、どうしようもない状態に向けられたものであった・・と、父の歳以上になった私には確信できます。
ジャワ男会の皆様、負けないでください。とりとめもなく、失礼しました。
群青
2009/01/06 20:46

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